福祉コラム

危ない正常性バイアス

西日本豪雨は、平成最悪の被害規模となった。7月14日現在の死者・行方不明者数は16府県で200人を超え、捜索は今も続いている。広島、岡山、愛媛3県の72時間の雨量合計が観測史上最高を記録。今なお断水が続く地域も多く、他のライフラインの復旧も遅れていることに加え、40度近い猛暑に喘いでいる被災地の窮状が報じられている。
避難指示が出た岡山県倉敷市では、堤防が決壊した。「死んだら元も子もない。早く非難を。」と必死に説得する長男に抵抗し、家財を2階に運ぶ父親の姿がYouTubeで放映された。「我が家は海抜12メートルにある。浸水するはずがない。」と頑として応じない父親だっだが、結局、胸まで水が押し寄せ、避難する羽目になった。逃げ遅れの危険をはらんだこの父親の行動は、社会心理学、災害心理学の「正常性バイアス」の典型例を示している。人間は、変化や予期しない事態に直面した際、「ありえない」「自分だけは大丈夫」という先入観や偏見(バイアス)が働くという。
「正常性バイアス」が度を越すと、一刻も早く避難すべき非常事態を正常の範囲内ととらえ、対応が遅れ、危険な状況に陥る。避難が必要となった人びとや避難を誘導・先導すべき人たちに正常性バイアスが働いたため、被害が拡大した例は数多い、と専門家は指摘している。
東日本大震災では「大地震の混乱ですぐに避難できなかった」「あれほど巨大な津波が来るとは想像できなかった」と考え、迅速な避難行動が取れなかった事実が判明している。緊急事態下で的確な行動を取れるか否かの明暗を分ける「正常性バイアス」がどれほど危険なものか、大災害の例から学習する必要があろう。TVなどで見ている場合は人は冷静に判断できるが、いざ災害に直面した場合、当事者は「正常性バイアス」が予想外のインパクトで行動が制限される。大災害に直面した際に迅速に行動できる人が驚くほど少ないことが過去の事例から明らかになっている。
突発的な災害や事故に遭遇した場合、大概の人間は「おびえて動けなかった」「非常ベルの音に凍りついた」と、状況をとっさに判断できず、茫然としてしまう。「落ち着いて行動する」ために有効なのが日頃の「訓練」を重ねること。非常事態に「正常性バイアス」に脳が支配されないような判断力を養っておく必要がありそうだ。
地震・台風・急流の川・豪雨豪雪などの厳しい気象条件を備えたふるさと日本に比べれば、英国は温和な気象条件だ。だが、テロや凶悪犯罪の異常事態発件数は多い。「自分だけは大丈夫」という根拠のない思い込みを捨て、冷静に行動できるよう、日頃から異常時の対応策を考えることが大切だろ。

被災地の一日も早い復興を祈念しつつ。(T)