福祉コラム

英国の成人後見人制度

意思決定能力のない弱者支援の理想タイプ

世界中が急速な高齢化に直面し、認知症の人口は増加の一途をたどっています。21世紀に入り、判断能力が不十分な人のための「成人後見人制度」に対する人々の関心は、単なる「財産管理」から「福祉の向上」へと向かっています。財産管理だけでなく、身上監護(被後見人が適切な生活ができるよう、身の上の手続きをする成年後見人の仕事の一つ)においても,本人による意思決定や潜在能力を発揮させることに焦点が置かれるようになったのです。「代理決定」は必要最小限に抑さえられ、本人による「自己決定支援」が強調される方向に転換してきました。

こうした流れの中、英国の「2005年意思決定能力法(Mental Capacity Act 2005 略してMCA 2005)」は、画期的かつ理想的な成年後見制度の枠組みとして、国際的な評価を受けています。JAも高齢化が顕著な点では例外ではありません。もしものときのために、初歩的な知識でもあるに越したことはなかろうと、ほんの触りの概説を試みました。これと並行して、JA傘下の時間預託制度、ナルクUKは、高齢化対策の一環として、昨年来、ナルク・エンディングノートのワークショップをシリーズでお届けしています。現在、第二弾を4月7日に開催するため準備中で、今号の福祉だよりでもご案内しています。ナルクUKの会員/非会員を問わず、多数のご参加をお待ちしています。

MCA 2005年法の特徴

① 傷つけられやすい弱者保護の法的枠組みが整備された

② 本人に代わって意思決定する権限が「誰」に「どのような状況」で与えられるかが明確化

③ どのような他者が関与できるか/どのような関与が禁じられるかが明確化

④ 支援提供に際しては,本人の「最善の利益」に適っていることが証明できることを条件とする

⑤ 本人の「最善の利益」が厳密に定義されている

⑥ 公的機関でも血縁関係もない「市民」を支援者として登場させた画期的な試み

同法の五大原則

本人が意思決定能力を喪失しているという確固たる証拠がない限りは、意思決定能力があると推定されなければならない。

本人が意思決定を行うため可能な限りの支援を与えたが、すべてが失敗に帰した場合のみ,意思決定不能と法的に評価される。

単に不合理な決定を行ったというだけで,本人に意思決定能力がないと判断されてはならない。

意思決定能力がないと合法的に評価された本人に代わって行為/意思決定にあたる際は、本人の「最善の利益」に適うように行為/決定されねばならない。

行為/決定にあたっては,本人の権利や行動の自由を制限する程度を最小限に食い止め、他の選択肢がないかを検討する。

本人にとって「最善の利益」かのチェックリスト

① 本人の年齢、外見、状態、動作によって判断が左右されてはならない

② 全てを考慮した上で判断しなければならない

③ 本人の意思決定能力が回復する可能性を考慮しなければならない

④ 本人が自ら意思決定に参加し主体的に関与できるような環境をできる限り整えなければならない

⑤ 尊厳死の希望を明確に文書で記した場合は、医療処置を施してはならない。安楽死や自殺幇助は認められない

⑥ 本人の過去および現在の考え方、心情、信念、価値観を考慮しなければならない

⑦ 本人が指名した人、家族・友人などの身近な介護者、法定後見人、任意後見人等の見解を総合的に判断しなければならない。

英国の成年後見制度は、同法により「何重もの支援構造」が整備されています。支援提供を自発的に希望する「市民」を、判断能力の不十分な人と関係させ、血縁のない「市民」どうしが協働する、自発的支援体制が形成される機会を作っている点が高く評価される根拠でしょう。 「MCA 2005年法」は,判断能力が不十分な人の支援に伴う義務や負担を「身近な誰かに押し付ける」のではなく、血縁その他の人的つながりとは無関係に,人間同士が支援しあう理想的な枠組みを制度化した点が、理想型と評価される所以でしょう。

参考資料: 菅富美枝氏著「イギリスの成年後 見制度にみる市民社会の構想」